蛍光色に浮かぶ寿司

colorless white sushis sleep furiously.

重大発表三篇

 このブログを立ち上げてからおよそ二週間、書かれた記事は五記事、文字数はだいたい二万文字くらい[要出典]。私の乏しい思想は枯渇し、思考能力は錆び付き、言語能力は枯れ果ててしまいました*1が、実はブログを開設した当初、どうしても伝えたかったメッセージがあと一つだけ残されています。

 その事実は、口頭で説明するにはあまりに重篤で衝撃的です。他の人に盗み聞きされる可能性も排除できません。ですから、私はこうしてブログを開設し、そのタイトルをシュルレアリズム的手法を用いて意味不明にし、親しい(というよりおそらく何を言ってもこれ以上失望されることのない)ごく一握りの友人*2にだけそのURIを明かすという方式を採って、インターネット上に文章を投げかけることで、その事実を幾許か間接的に伝えるのが一番だと思いました。

 そうは言うもののやはり、その事実は容易に書けるものではありませんでした。いや、表現の難しい事態なのではありません。端的に一文で表現できるものです。さして珍しい事実でもありません。『人退』風に言うのであれば、「ブログ作り成功の影に潜むさして意外でもない真相」*3です。でも、なんというか、その事実を公開することで、何か大きな変化が起こりそうで怖かったのです。

 というわけで、今までの記事にはストレートにそのまま書くことはできませんでしたが、それでもその事実に誰かは気づいてくれるだろうと思いました。書かれた記事の内容や表現によってではなく、私の「書く」という行為そのものによって、皆さんがメタ的に理解してくれると信じていたのです。しかし、現実でもツイッターでも、寄せられた感想*4にはそれに気づいた兆候が見られませんでした。

 もう一度言います。端的に一文で表現できる、極めて単純明快な、そして常識の範囲内の出来事です。推測できるだろうと信じてきました。ここにさらに進んだヒントを書き記します。

  • 私はブログをのべ十数時間かけて書いている
  • この記事群が書かれているのは、センター試験の70~50日前のことである
  • 本気で志望している大学があるのならば、受験直前期にこんなブログを書くという無益な行為はすべきではない
  • 私がブログを書いているという現象が真に存在するのならば、即ち私は受験勉強する必要が無い状態にあるということに他ならない

 ここまで書けば賢明な読者諸君は私の言わんとした事の真髄に遠からず到達したとみて問題ないだろう。せっせと稼いだ評定を用いて、私は指定校推薦を用いて某W大学の政治経済学部への進学を決定していたのである。もう勉強する必要など無かったのだ。よって私はこうして今ブログを書いているのである。

 

*  *  *

 

 ブログの編集画面を開いたら上のような怪文書が残っていました。おそらくいつかの平日に書いて放置してあった下書きと思われます。なんだか読み返してたら切なくなってきたので、こうしてイントロとして引用させていただく次第であります。

 

 前回までのあらすじ
 理性ちゃんは殺人衝動を抱えたごく普通の女の子。あるときついに感情くんを殺してしまい、夢叶って東京拘置所に収容されたが、「やる気」による幻覚のなかで殺されたはずの感情と再会したため、かえって罪悪感へと苦しむようになってしまい……?

 

 理性の収容されている雑居房には、他にも三人の女性がいる。拘置所側の配慮なのか、皆年齢は理性と同じか、あるいは少し上という二十代であり、共通の話題も多かったため、それなりに話が弾まないわけではなかった。

 もちろん彼女たちの共通の話題というのは、犯した罪についてのことではない。なぜ自分たちがここに収容されているのかということについては、頑なに口を閉ざしているというわけではなくとも、自分自身から話すようなこともなかったし、どれだけ親しくても逆に他人に尋ねることもなかった。それはなんとなく、彼女たちなりの共通理解、デリカシーのようなものだったのだろう。聞きたいことはたくさんあったし、言いたいこともたくさんあった。愚痴を漏らしたくなるような辛い思いなら沢山してきた。でも、それを言い合い始めたら、目を向けたい何かにまで向けなきゃいけなくなるから。だから、彼女たちは違う別の話題へと目を背けるのだ。

 しかし理性はその監房の中で、壁に向かってしゃがみこんで座っていた。目はくっきりと開いていたが、視界は灰色の壁を映すばかりで、意味があって動くものは何一つない。アトランダムな壁の傷がその全てだった。他の同居人たちは、彼女が一人きりのトリップを経験してからどこか態度がおかしくなったと聞いていた。

「リセ」背後から一人の同居人の声が聞こえた。「遊ぼうよ。ね?」

「……」理性は振り返った。彼女はここでそう呼ばれていた。

「また、新しいの持ってきたから。やる気、吸おう?」既に部屋には大学のパンフレット群がうず高く積み上げられていた。一番上には東京大学の表紙が光っている。今日のトリップはすごく強烈なものになるに違いない、と思うと、ほとんど無意識のうちに予期せぬ期待の笑みが理性の顔を覆っていた。

「さあ」同居人はマッチを箱から取り出し、数回擦って点火しようとしていた。その動くマッチ棒の先を見つめる。すると理性の心に理性が戻ってきた。

「ごめん」勇気を振り絞って、彼女は小声で言った。「今日は、いい」

「えっ?」同居人の手が止まった。ちょうど火をつけるのに成功していた。二本の指の間のマッチの柄を、小さな炎がちろちろと焦がしていた。

「私、トイレ言ってくるから。一人で楽しんでて」理性はそう言って立ち上がり、上がり始めたやる気から離れていった。同居人はそれを、狐につまされたかのように茫然と眺めていた。

 

 東京地裁、刑事17部法廷はいよいよ大詰めだった。原告側の弁論が終わり、今は被告側の最終弁論の段で例の弁護士がつらつらと話している。裁判員にアピールするかのように、時折原稿台から離れて歩き回りながら、芝居がかった身振りで内側の自信を示しているが、完璧に話す内容を覚えているわけではないらしく、片手に持った原稿をちょくちょく確認しながら話をしているのでどうも決まりが悪い。

 彼の主張は前に確認したものと変わらない。感情から度重なる精神的嫌がらせを受けていた理性は、ついに逆上して彼を殺してしまった。ついカッとなっての行動だったが、冷静になった今は反省している。それが真っ赤な嘘だということを知りながら、弁護士はその主張を自信満々に繰り返したし、理性も同様の陳述を行っていた。トリップの中で感情の幻覚を見るまでは。

 あれ以来、彼女がやる気を吸うことは無くなったし、それを楽しむ同居人たちとも少し距離を置いて、理性は中公クラシックスの哲学書を注文しては読むことを繰り返した。初めは看守には自分の心の支えになりそうなものなら何でもいいと言ったのだが、その人が持ってきたのはマルクス、レーニン、北一輝といった人々の新訳本で、次からは別の人に依頼した。その人が持ってくるのはどれも難解な哲学書であったが、善とは何か、罪とは何かという普段興味の無かったテーマは、今の理性には我が事のように思われて、自然読むのは苦痛でなくなっていた。

 その中で最も彼女が食い入るように読んだ問いは、「嘘は悪か」というものだった。カントは無条件に悪だと言い、ベンサムは結果として良ければ善だと言い、フロイトは性欲だと言った。フロイトの著作をやる気を焚く炎にくべながら、理性はどちらの言うことがより正しいのか考えていた。以前はベンサムの言うことのほうがより正しいような気がしていた。嘘を言ったところで、誰も傷つかないならそれでいい。そう思っていた。

 しかし、と彼女は思う。私は自分の殺人を正当化するために嘘をついて、感情を一方的に悪い人間に仕立て上げてきた。誰も傷つかないからいいだろうと思って特に何も葛藤せずに選んだ選択肢だったが、あの幻影の中に見た彼の優しさと、それに触れたとき私に流れた涙はいったい何だったのだろうか?

 思い悩んでいるうちに、弁護士の嘘八百の弁論が終わった。次は理性の最終陳述だ。打ち合わせでは、ここで彼女は後悔の涙を流し、情状酌量を狙って刑を下げるつもりだった。原告の求刑は無期懲役。対してこちらは懲役十二年と目論んでいた。もちろん、量刑相場でいえば最低でも二十年は覚悟しなければならない罪状だったが、裁判員の心を動かせば相場などあってないようなものだったし、今のところ理性はうまくやれていた。一日だけ例のキャミソールも着ていた。その日は裁判官の食いつきが良かった。

「それでは、被告人、理性の最終弁論をお願いします」その裁判官が彼女を真っ直ぐに見据えて言った。それで彼女は被告席から立ち上がり、原稿台に向かって歩み始めた。歩きながら、理性の頭には何も思い浮かばなかった。何を話すべきか?あんなに何度も入念に打ち合わせをしたはずなのに、なぜかこの場では、言葉は容易に出てこなかった。

 法廷を見回し、何人かの裁判員とちらりと目を合わせながらも、それでも何一つ言葉は浮かんでこなかった。頭の中がごちゃごちゃとして、まとまらない。何を、いったい何を話せばいいのだろうか?

「えー……」ほとんど無意識に、彼女の意思とは関係なしに、彼女の声が法廷に響き渡った。「私は謝らなければなりません」

 予定とは違う出だしに、被告側の弁護士が咳払いをするのが聞こえた。

「それは……天国にいる感情さんに対して、とかではなく……こんな茶番に数十日も付き合わせてしまった弁護士さん、検察官の皆さん、そして裁判員、裁判官の皆さんに対してです」

 裁判員のほうから小さく息を呑む音がした。一度話し始めてしまうと、堰を切ったように言葉は次から次へと流れ出てきた。

「感情さんには特に悪い印象は抱いていませんでした。そもそも会ってまだ数日しか経っていませんでしたし、あらゆる面において彼から嫌がらせをされることはありませんでした」

私が彼を殺したのはだから、嫌がらせに耐えかねてなんてことでは決してなく、単に前から人を殺してみたいと思っていたのが、つい、ひょんな言い争いから出てきてしまったものだったんです。その議論では何を言い争っていたのか、ということすら私は覚えていません」

「私は人を殺してみたいと思っていました。よく嫌いな人を殺す妄想をしました。嫌なことがあるとスプラッタ映画を借りてきて見たりもしました。先天的なものか、後天的なものかは分かりませんが、人を殺す、ということに関しては、ニュースで聞くだけでも一種の興奮を覚えましたし、実際に殺したいと思うようになる前、ほんの子供の頃から、人が殺されるところを見てみたいとは思っていました」

「なぜ結果的に彼が選ばれたのかは分かりません。一つだけ言えるのは、この殺人において、彼の落ち度というのは全く存在せず、彼は純粋な被害者であって、私は純粋な加害者だということです。おそらくですが、私の心の中にストレスのゲージのようなものがあって、それが限界にまで到達したとき、たまたま目の前にいたのが感情さんだったんだと思います。ですから、彼は悪くない。私が悪いんです」

「私が故意に、かつ何の罪悪感も持たず、自分が楽しむためだけに無実の彼を殺したんです」

 こうして一気にまくし立てると、周囲を沈黙が覆った。向けられていた驚きの視線を避けるかのように、彼女は顔を下に俯けて被告席へと帰っていった。椅子を引いて、彼女が着席する低い音が響くと、再度の一瞬の静寂のあと、ざあざあと動揺の声が響いていった。

 普段は喧噪を諌めるべき立場であるはずの裁判長すら、数分はこの動揺の中で何も発言せず、ただ困惑の表情を浮かべたのちに、形式上まだ発言権の残されているはずの被告席に休廷を求めるか尋ねた。同意の声をあげようとした弁護人を制して、理性は黙って首を横に振った。そして閉廷を宣言する裁判長の声を聞いた。

 

 理性は二人の看守ともう一人の女囚と一緒に護送車に乗って、栃木刑務所への一時間の旅に揺られていた。下された判決は懲役二十八年。なぜ求刑より軽い有期刑が下されたのか、理性は誰かに尋ねたい気分でいたが、多数決の結果なのだから考えても仕方が無い、と思って、素直にその長い、しかし覚悟していたよりは短い年月について、漠然と思いを馳せていた。

 二十八年、出てくるときにはきっと中年と呼ばれる時代すら終わりを迎えて、私は壮年期に入りかけのような状態で出てくることになるだろう。でもまあ、刑務所に入っていた人間は、健康的な食事や運動、規則正しい生活をしているがために、外の人間よりも老化は遅いと聞いたことがある。それにまあ、時間がたくさんあるならば、暇な時間は色々な中公クラシックスを読めばいい。どうせ今のこの晴れやかな気持ちは短期的なもので、また年を重ねるごとに辛くなっていくんだろうけど、最初から嘘をついた悶々とした気持ちで入るよりは、きっと良い人間関係も築けることだろう。

 車窓は塞がれていて、中から自分がどこにいるかはさっきまで分からなかったが、料金所の機械の、聞き覚えのある効果音が響いたので、それで高速道路に入ったらしいということが分かった。車はそれから急発進し、ほとんどブレーキの気配がないまま、道なりに運転を進めている。

 隣にいたもう一人の女囚は、良く見ると一緒にやる気を吸っていた雑居房の同居人だった。こちらが見たのに気づいたのか、彼女は振り向いて理性のほうを見た。

「これから長いだろうね」彼女が言った。

「そうですね」理性は答えた。車は車線変更をして、一番外側のレーンに乗った。

「でもまあ」そのレーンは追越車線。理性はふっと笑った。

「案外短いかもしれませんよ?」

 護送車は森の間に引かれた幹線道路を、真っ直ぐに走っていった。

 

*  *  *

 

 理性と感情の話、ようやくこれで終わりです。さて、タイトルの通り、この記事には重大発表が三つあるはずなのですが、あと一つはいったい何なのでしょう?

 端的に一文で表現できる、極めて単純明快な、そして常識の範囲内の出来事です。そしてそれは、むしろ私がここで記述するほうが重篤で衝撃的な内容です。そう思ってくれていればいいんですけど。

 私としましては、それを明示的に記述するよりも、この記事の上のほうを読み直して、なんとなく理解していただいて、そしてメタ的に確認してもらいたいような気がします。

 ここまで書けば、賢明な読者諸君は私の言わんとした事の真髄に遠からず到達したとみて問題ないだろう。そういうことで、次の記事でお会いしましょう。本当にこれっきり、ということは絶対に無い予定です。

 

*1:この並列構造で「枯れる」系の表現が重複して出てきていることからも明らかです。

*2:この文の解釈においてそもそもの「友人」がごく一握りという捉え方は許容されます。

*3:人類は衰退しました 平常運転』収録「村起こし成功の影に潜むさして意外でもない真相」より

*4:「お前のブログを読むと、なんだかこそばゆくなる」等